人生本番は還暦から!自転車を友として人生を楽しみ味わい尽くすことに挑戦。このblogはその記録。

 四日市、岡崎を始め、大都市周辺の国道沿いの大気の汚れ、異臭には驚いた。何度かマスクを買おうとしたほどであった。新型インフルエンザ騒ぎが始まった頃で、結局手に入らなかったが、それほどに状況はひどかった。目や喉に痛みを覚え、気分が悪くなった。晴天なのに周囲の山がかすんで見える。こんな環境で暮らすのはご免である。九州の住民であることをありがたく思ったものである。住民から改善を求める運動など起こっていないのだろうか。慣らされて大気の汚染に鈍感になっているのだろうか。

 『都会』という言葉に感じるモダンな響きが消し飛んでしまった。都会の快適さを享受するためには、環境や健康に対して鈍感にならなければならないのかもしれない。

 

 東北や北海道では、時として澄んだ空気が目に染みるほどであった。『田舎』や『地方』という言葉にこそ人間らしさがある。

 しかし、その北海道を走っていて強烈な臭気に襲われたことが何度かあった。産業廃棄物か何かの集積場であろう。息を殺すようにして通り過ぎた。豊かな自然に恵まれた北海道も、開発や産業化の波にさらされつつあるのだろうか。

 日本だけでなく、世界各地での環境破壊の実態が報じられるが、その対策への具体的な動きは鈍いようだ。問題にされるのは常に『経済発展』である。

 世界中の人間が、さらなる豊かさ・快適さを追い求め競い合うとき、いったいこの世界には何が残されるのであろう。世界中の国が等しく経済発展を遂げ、物質的な豊かさを手に入れるとき、そこにはやはり豊かな自然が残されているのだろうか。

 

 自然に恵まれた地方で、突然場違いなほどに整備された道路や建造物に出会うことがあった。そこで見たのは厳重な警備体制の中にある近寄りがたい原発関連施設であった。原発が完全に安全なものなら、都会のど真ん中で見かけてもおかしくない筈だが、これといった産業のない地方に集中している気がする。命と引き換えの立派な道路・施設でないことを願うばかりである。

 

 世界遺産に登録された高野山を訪ねた。標高1000メートルほどの山にある。厳かな佇まいに神聖なるもの、歴史・伝統の重みを感じたものである。しかし、そこへ通じる道路では整備拡張工事が進行していた。何のための世界遺産登録であろう。観光産業を振興するためだろうか。バスを連ねて観光客が押し寄せる観光名所に成り下がるのだろうか。不便さや労苦を厭わずに、連綿と受け継がれてきた文化に思いをいたしながら訪れる。高野山にはそんな場所であり続けてほしいと思う。

 

 何もかもが経済優先。物質的豊かさと快適性だけを追求する社会に夢を託すことはできない。自然と人間のあり方を問い直さなければならない。そんなことを考えさせられた旅だった。

 

 日本一周回想記は、今回をもって終わりとします。長々と引きずりすぎたようです。今後は、私の日頃の生活ぶりや色々な思いをレポートしたいと思います。当然サイクリングに関するものが多くなるでしょうが。今回添付の写真は、11,12日の連休にサイクリング仲間と走ったしまなみ海道、来島海峡大橋のベストショットです。これについては、後日またレポートしたいと思います。




 前回に引き続いて、交通事情について。
 ただし今回は、まず新聞記事の紹介から。

 大阪市の交差点で自営業の女性(69)が大けがをした自転車同士の事故をめぐり、大阪地裁が7月、パートの女性(60)に約1300万円の損害賠償を命じる判決を言い渡していたことが1日、わかった。(9月3日 産經新聞)
 平成20年、自転車が第1当事者となった事故は全国で約2万5千件。だそうです。自転車ライダーの皆さん、自転車ライフを長く楽しむためにも呉々も安全運転を心がけましょう。また万一に備えて、自転車保険に未加入の人は加入を検討してはいかがでしょうか。私は、日本サイクリング協会の会員登録をして自転車総合保険と交通事故傷害保険に加入しています。

 車も自転車も同じ。常に危険を予測しながら、思いやりの気持ちをもって運転することが重要だと思います。今回訴えたいことも、まさにこの思い遣り、互譲の精神を持つことの大切さです。
 自転車は燃料を利用せず、従って排気ガスを出さない環境に優しい乗り物です。健康増進になり、心身のリフレッシュを計ることもできます。これからの時代の要請に適う乗り物であり、利用者の増加が望まれる乗り物である。
 これらは、サイクリストであることにいささかの誇りを持つ所以でもあるのだが、前回も書いた通り、現実は肩身の狭いものである。
 自転車の位置付けが曖昧。時に歩行者扱い。時に車扱い。ために車道を走っていると、心ないドライバーの警笛や罵声を浴びることになる。某県のパトカーからの注意に至っては、何をか言わんや。並進する自転車の速度を知ってか知らずでか、いきなり左折し歩道を横断するドライバー。あわや衝突、と覚悟したのは一度や二度ではない。
 我に正義あり、自転車に正義ありと言い募るつもりはない。ただ、お互いもっとゆとりと思い遣りの心を持ちたいものである。
 くどくど書かない。2つの事例を考える資料として終わりにする。

『久比岐自転車道』
 新潟県直江津・糸魚川間にあるこの道路。北海道を除いて、最高の自転車道である。特徴は、車道から自転車を排除するのでなく、自転車歩行車道から自動車を閉め出す姿勢が感じられる点である。
 自動車は動力で動く。自転車・歩行者は人力で動く。この事実に立脚した道路である。
 国道8号線は、山々がつくる起伏を迂回して海沿いを走る。
 一方自転車歩行車道は、一段低い車道と日本海の眺めを楽しみながら続く。勾配はなだらかで、山々が迫るところは照明完備の数百メートル規模の専用トンネルがあり、直線的で車道より距離も短くストレスを感じることなく走られる。進んで車道を避けて走りたいと思わせる道路である。

『福岡県を走るのは怖い』
 これは、出会った長期・長距離自転車旅行者の多くの感想である。
 県の最大手バス会社の平均的運転マナーの酷さは目に余る。
・自転車に対する幅寄せ。
・後方からのエアブレーキ?を吹かしての威圧。
・バス停手前での強引な追い抜き・停車。
『道路はバス専用』と勘違いしているようである。弱者への思いやりのかけらもない。
 通勤時間帯のバス専用レーン。公共の足としての役割もあり、致し方ないとも思う。しかし、それだけの便宜を受けるのなら、感謝の心を運転に表してほしいものである。専用レーンに入る一般車を、まるで邪魔者を追い払うかのように指導する職員。しかし、その目の前を信号無視で通過するバスを指導するのを見た例しがない。

 今回添付の写真は、飯盛山から眺めた日の出時の写真です。

 交通事情について考える時、サイクリストとして、自転車を擁護する立場からと当然なる。しかし、自転車・自転車ライダーに対する風当たりは強いのが現実だろう。いわゆるママチャリライダーと一緒くたにされたくないという思いもあるが、サイクリストとしての誇りを失わないためにも、先ずは自己反省。

 自転車について、特に次の3点が遵守されるよう毅然とした対応を求めたい。
 ・自転車による車道右側通行の禁止
 ・自転車の傘さし運転の禁止
 ・自転車の夜間の無灯火運転の禁止
これは、自転車ライダーとして、かねがね当局による取り締まりを望んでいることです。いずれもが、歩行者・他の自転車・車を巻き込んだ重大事故につながる可能性を秘めている。
 ところが、これらに対する重点的・集中的な指導・取り締まりをついぞ見かけない。罰金・過料等を科すところまで踏み込んでもらいたいものだ。

 さて、『交通弱者』とは誰のことなのだろう。子供とお年寄りだけが問題なのか。いま一つわからない。しかし、生身の体をさらけ出していることを考えれば、歩行者・自転車を『交通弱者』と言って差し支えないだろう。そう考えるとき、今の道路交通行政は『交通弱者』に対して実に冷たい。車優先である。

 歩道こそ絶対に歩行者最優先の筈だが、脇道がある場合はともかく、車の出入りがある場所はどこであれ、車道と歩道を仕切るブロック(縁石)は車が快適に出入りできるよう低く削られている。そのため歩行者・自転車を確認せず、いきなり歩道に左折進入するドライバーが跡を絶たない。
 縁石を数センチ高くするだけで、店などに出入りする車は自然に徐行して歩道を横断するようになるだろう。
 『交通弱者』配慮のアピールか、単なる美観のためか、タイルを敷いたり、石を埋め込んだ歩道を見かけるが、雨の時など、足を滑らせることにもなりかねない。優先すべきは、安全・歩きやすさの筈である。

 車が快適に走られることが優先されている。そのために『交通弱者』を体よく閉め出そうとしている。自転車も車両の筈だが、車扱いされていない。
 ある県で国道を走っている時のこと。スピーカーで『自転車は、歩道を走りなさい』の声を残してパトカーが走り去った。道路交通法は、、、?
 自転車専用道もあったが、自転車乗りの視点に立って造られたものは少ない。またきちんと維持管理がされているものも少ない。
 国道を走っていると、突然『自転車走行不可』の標示。迂回路の標示は一切ない。自動車に対して同様なことは決してないだろう。
 トンネル。これも自転車を置き去りにした最たるものである。トンネルの管理者は、実際にトンネルを自転車で走ったのだろうか。北海道など一部を除けば、相当の恐怖と緊張を感じながら走ることになる。
 ・自転車の通行帯が確保されていない。(車道も幅員が充分でない場合がある)
 ・歩道を走るにしても幅が狭すぎるものがほとんど。(大型車の風圧は恐怖)
 ・照明が暗すぎる。(車の前照灯が前提。自転車のライトでは暗闇状態)
以上が重なっているケースが多く、まさに決死の覚悟で走らなければならない場合も多い。

さて、退職して5ヶ月。本来の無精さが表に出てきたようです。ブログの更新も滞ってきました。仕事あっての余暇であり人生であると痛感しています。
貼付の写真は、福岡都心から1時間程の飯盛山からの(能古島・志賀島と、市街地を望む)眺望と、襟裳岬で同宿した小副川氏に拙宅に泊まっていただいた折(9月1日)の記念写真です。何のおもてなしもできず失礼しました。

 今日26日は、私のサイクリング二大年間イベントの一つ、第12回サイクルマラソン阿蘇望の日でした。朝4時前自宅を出発、仲間とともに熊本へ。しかし、出発直後から雨。九州自動車道を走る頃には土砂降り状態で、遂に出場を断念し8時には帰宅。朝っぱらからビールを飲んでふて寝を決め込みました。日本一周で鍛えた脚力発揮!と意気込んでいただけに最悪の日曜日となりました。
 連日の雨、福岡近郊の皆様には、大雨の被害などありませんでしたでしょうか?そろそろ梅雨明け、と願いたいものですね。

 さて日本一周サイクリング。
 新潟は長岡市の河井継之助記念館での感動の余韻が未だに残っています。帰宅早々に始めたことの一つが、司馬遼太郎の小説『峠』の三度目の通読です。前回の通読から二十年程の時が経つが、どのような印象を受けるでしょう?
 司馬遼太郎の作品との出会いは、吉田松陰と高杉晋作を扱った『世に棲む日日』が最初だった。歴史小説の面白さ、幕末から維新にかけての青春群像に魅せられ、『坂の上の雲』『竜馬がゆく』等々、次々に読みあさった。特に読書好きという訳ではなかったが、大学卒業前後から会社勤めの三年間ほどは、暇を惜しんで読書をした。中学・高校時代に読書の醍醐味に目覚めていれば、と思ったものである。旅にしろ読書にしろ、心の熱いうちに経験したいものである。様々な経験を通して物事の見方・考え方が鍛えられ、その後の人生に大きな影響を及ぼすに違いない。
 話は変わるが、我が家の墓前に立つとき、私は淡々と手を合わせ祈りを捧げる。自分を見守ってくれるようにと、特に今は亡き父に、いろいろな思いを静かに語りかける。そんな自分が、二十代半ばだったろうか、高杉晋作の墓前に立ったとき目頭が熱くなり、感情が高まるのを禁じ得なかった。心密かに、わが父に申し訳ないような気持ちを覚えたものである。
 日頃、『自分が』『自分こそが』の気持ちばかりが先に立っているようである。自分一人でこの世を生きている気になっているようだ。そんな自分が、高杉晋作の墓前で、そして今回、河井継之助記念館で胸を熱くした。高知でもそうだった。険しい坂道を走りながら、いま現に走っているこの道を、回転の志を抱いた竜馬も踏みしめ歩いたのかもしれない。そう考えると何とも不思議な感動を覚えた。
 『自分が』『自分こそが』と生きる前に、今に繋がる長い歴史の中の先人たちの思いや生き様を知り、受け継ぐ必要があるのではないだろうか。先人たちの歩みに思いを致すことにより、『今』に感謝し、『今』をよりよく生きることができる気がする。自分が占める位置を確認し、味わいある人生を送れるような気がする。
 歴史を知り、先人の生き方を知ることの大切さをしみじみと感じた旅でした。その理解の有る無しで、旅から得るものも左右されるだろうし、社会への帰属意識も変わるのではないでしょうか。
 最近、書店に行くことが少ないのですが、『郷土コーナー』は設けてあるのでしょうか?私達はもちろん、特に次代を担う世代に、郷土の歴史や、郷土を築いた先人たちの思いに触れるきっかけを与える場として、是非そのようなコーナーを設けてほしいものです。
 これからは、時には書店巡りも悪くないかな?
 いろいろな方に応援いただき、日本一周の旅を無事終えることが出来ました。改めて感謝申し上げます。感動のゴールから早くも2週間になりますが、さすがに疲労、筋肉の張りが溜まって、本来の体調とはいきません。とりあえず次の目標-フルマラソン完走-に向け大濠公園での練習を再開したところです。

 出発前、よく言われました。『自転車で日本一周。凄いですね!』
 その度に思いました。する気になるかどうかの問題。多少の金と暇さえあれば、誰にでもできることだと。日頃の生活に充実感があれば、わざわざ旅をする必要もない。
 旅の間、かなりの数の仲間-自転車でバイクで、あるいは歩いて長期の旅をする人たち-に出会った。
 一瞬、偶然の出会い。しかし、その一瞬に気心が通じ合う。年齢、男女の違いを越え、まるで旧知の仲のように話が弾む。同じ匂いを感じるのだ。人生を楽しもうとする姿勢。自分への挑戦。可能性への挑戦。そこに同行意識が生まれるのかもしれない。
 そもそも今回の旅は、世界を自分の目と足で見たい-自転車で世界を旅したい-という、かねてからの夢を実現するための第一歩である。世界を旅するには、それなりの知識・体力・技術が必要であろう。それらを自分のものとして夢に挑戦したい。その最初の一歩として、日本を一周しようと思った。日本一周ができなくて世界を旅するなど論外だろう。とりあえずそれだけの体力があるか試したかった。長期の旅をするためのノウハウを蓄積したかった。気がかりは、専ら体力的なものであった。
 しかし、旅を始めて10日も経たずに気がついた。大事なのは体力的なものより、むしろ精神的なものであると。
 今回の旅で出会った人の中には、予想外?の厳しさに、出発数日にして計画を断念するという人もいた。私自身、初めの2~3週間、計画断念の文字が頭をよぎることもあった。言い訳はいくらでも転がっている。悪魔がささやく、『脚の腫れと痛みがひどい。無理をすれば取り返しのつかないことになる』と。
 色々な言い訳に耳を貸さず、計画を推し進めるには、気持ちの強さ(単に気持ちをごまかすこと?)が必要だ。『脚が腫れても、自転車は漕げる』『脚が腫れるくらい誰にでもある』『山の中だったら走るしかない』『脚は腫れても、気分は晴れ、天気も晴れ!頑張る!』等々。こじつけでも何でも構わない。「強引グ、マイウェイ」それが計画推進の秘訣。人生を楽しむ秘訣なのかもしれない。
 58日間の旅で、私が得た最大の物、それはこの「強引グ、マイウェイ」精神ではないかと思う。秋田県での鳥海山のエピソードが象徴的である。雲に隠れていようと、鳥海山は常にそこにある。当たり前のことだが、そのことにこれまで気付いてなかった。目の前の困難、苦しさばかりを見て、その向うにあるゴールが見えていなかった気がする。これからは、雲しか見えていなくてもその向うにある景色を見ることが出来そうである。

 最後に、本ブログの更新は、第2、第4日曜にすることにします。今後もよろしくお願いいたします。また、2枚目の(写真)は、糸島の白糸の滝。サイクリングのお裾分けです。





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